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190618 57th ふなばし学講座

公開日:2019年06月28日 最終更新日:2022年10月18日
登録元:「【0610】正伯塾
タイトル
190618 57th ふなばし学講座

詳細

190618 57回目の「ふなばし学講座」でした。平成26年7月11日開始して、丁度5年経過しました。来月から6年目に入ります。その間、延講師110人になります。参加者の延べ人数も延1850人程度になります。(途中PCクラシュのため、一部データ消失)。皆様、本当にありがとうございます。今後ともご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い申しあげます。
今回は、ご多忙の中、またまたご無理を申しあげ、「危機管理課」の出前講座をお願いいたしました。2回目の出前講座ですが、正伯塾は、普段表面化しないあらゆる部門の危機管理を重要視しています。今回は、「日頃の備え」はメインテーマとし、「情報メール」のインストールを必携と推進しました。参加者の中でも約10名くらいの方が登録していましたが、使いこなしとなるとわずかです。来年度はもっと喚起をお願いするつもりです。
危機管理課の皆様には、大変ですが、正伯塾も粘り強く絶え間ないフォローに努めたいと思います。

綿貫先生の「東京湾塩業の沿革」でした。あまり知られていませんが、塩業は、江戸期中には行徳塩業が中心ですが、実は、大正6年高波による既存塩田が壊滅に遭い、その後いち早く復興した船橋塩田業者の独壇場となりました。塩田面積は行徳の約40町歩に比し、船橋は約60町歩と東京湾塩田業の中心地になりました。残念ながら、昭和4年(1929)第2次製塩地整理の対象となって長き製塩の歴史に幕を閉じました。それまでの船橋の主産業は、陸軍による軍需産業、及び塩田とそれに付随する産業、他に農漁業でした。

上画像。海水をくみ上げ篭のいれ、かん水とし、更にこれを釜場に運び、煮詰め、塩をとりだす、という工程でした。上画像は、その工程を示しています。

来月の予定です。「鹿狩」では、「鷹狩」の話も入ります。家康は、単に、遊びではなく、かなり政治色の強い政策をとりました。それが「鹿狩」であり、「鷹狩」です。それらの本当の理由を、教えていただきます。
蕨先生の講座は、何故細長い頸の土器が必要だったのか。お花をまっすぐ立てるために作った容器です。自然の神様や死者への祈りの表現だったらしいのです。先生の講座に期待しましょう。

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