船橋古文書の会【巡見会】:10月10日(土)8:15~17:00
令和8年度の巡見会
下記のように開催しました。
日時:10月10日(土)8:15~17:00、バスでの巡見
参加者:25名、参加費:3000円
巡見先:『上水記』関連史跡
JR船橋駅北口集合(8:15)→セブンイレブン駐車場下車→徒歩→羽村取水堰→玉川兄弟像→羽村堰下橋(多摩川渡河)→
羽村市郷土博物館(学芸員の解説、昼食)→ 羽村堰下橋(多摩川渡河)→玉川上水神社→ セブンイレブン駐車場(バス乗車)→
天王橋(車中見学)→玉川上水駅ロータリー下車→玉川上水小平監視所→清流復活の碑→玉川上水散策→
玉川上水駅ロータリー乗車→ JR船橋駅北口(17:30)
三連休初日とあって各所渋滞で予定通りには巡見できませんでしたが、絶好の天候に恵まれ、
主な巡見先は廻ることができました。事故やトラブルも無く参加者一同無事帰宅の途につきました。




羽村取水堰:左から①第二水門、②取水堰と小吐水門、③取水堰の投渡木(なぎ)構造、④牛枠と蛇籠
・玉川の流れは、投渡木(なぎ)構造を持った堰によって一定水量が貯えられ、
第一水門を通して玉川上水へ取り込まれました。第二水門で砂利等を分離して小吐水門から玉川本流に戻していた。
・「牛枠」は「川倉」の一種で、玉川の水流の勢いを弱め、固定堰や投渡木堰の壊れるのを防止する役割を果たしていた。
「牛枠」は川底に固定するため、石を竹籠に詰めた「蛇籠」と呼ばれる工作物が取り付けられていた。
・大雨などにより玉川が増水したときは、玉川上水への被害防止のため、
丸太や木材砂利などで造られた投渡木(なぎ)を壊して玉川本流へ水を流していた。

羽村取水堰の全体
取水堰は、右から小吐水門・投渡(なげわたし)堰、筏通場、固定堰、魚道を連ねていた。



左から、玉川兄弟像、羽村堰下橋、羽村郷土博物館
玉川上水完成させた庄右衛門・清右衛門兄弟の像を見ながら、羽村堰下橋を渡り、羽村郷土博物館へ
羽村郷土博物館では学芸員に館内を案内、玉川上水の歴史や構造を解説して頂きました。




左から、旧第一水門の復元、現第一水門の模造展示、水番人「御用留」、江戸市中の埋設木管
・旧第一水門は仕切り板を上部から落とし込んで、その枚数で取水量を調整していた。
現在は鉄製扉を上下することで水量調整を行っていた。
・現在玉川上水の過去の歴史や運営を知る重要な文書が、水番人の残した「御用留」でした。
※羽村市郷土博物館内の画像は、同館の許可を頂き掲載しました。




左から、玉川上水神社、小平監視所、清流復活の碑、玉川上水への浄水湧き出し口
・玉川上水神社は、承応3年玉川上水完成時に幕府により「水神社」として創建された。
明治26年、「玉川上水神社」と改名、翌年社殿が建立された。
・津京都水道局小平監視所は、玉川上水の土砂やゴミの沈殿除去を行い水質管理を行っている。
ここで、玉川上水と野火止上水に分水している。
・清流復活の碑:昭和61年荒れ廃れていた玉川上水を下水処理水を導入して復活した記念碑
・湧き出し口、旧玉川上水の清流を復活させるため下水処理水を湧出させている。

復活した玉川上水、往時の面影を残す雰囲気がある。
以上、巡見会の報告。
この情報は、「船橋古文書の会【S0699】」により登録されました。